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日本の海運はどのように歩んできたのか?(その2:日本の海運会社誕生)

1853年にペリーの黒船が浦賀に来て、徳川幕府も江戸の町民も腰を抜かして驚いてしまいました。

1854年には日米和親条約に基づき下田と函館が開港され、さらに1858年の日米修好通商条約により横浜・神戸・新潟・長崎も貿易港となります。また、江戸時代初期(1635年)に決められた、500石以上の積載を禁止するとの大船建造禁止令が解かれたのも、ペリー来航の1953年です。日本が、海外との関わり方や船についての考え方を変えるきっかけは、この黒船の来航でした。

この時期に一気に鎖国を解き、西洋の産業革命の成果物(例えば蒸気船や汽車のハード)や、西洋の政治制度のソフトの二つの要素を同時に取り入れることになったのは、日本にとって偶然にも思えますが、このことで日本が大きく変革したのだと考えます。

 

幕府は軍艦奉行の勝海舟の建言により、神戸に海軍士官養成機関である、海軍操練所を設置しました。操練所の学生たちは藩の垣根を超えた顔ぶれとしたのですが、中には倒幕的な考えを持つ者もいるとして、開設の翌年1865年に、閉鎖されます。その後、土佐脱藩の浪士である坂本龍馬が中心となって、海軍の研究、航海の術の習得、運輸、商事活動まで含めて海に関して活動する、海援隊が結成されます。薩摩藩や商人の援助を受けて、貿易や物資の運搬などで利益を得ようとする組織を目指しました。海援隊自体は短い寿命(1865年~1868年)でしたがこの影響を受け、後の日本の産業につないだのが、土佐出身の岩崎弥太郎でした。岩崎は1870年に、他の土佐藩出身者らと海運商社である九十九商会を立ち上げ運営します。その後、三菱商会 → 郵便汽船三菱会社 → 日本郵船と名前を変えていきます。九十九商会当時は、東京・大阪・高知間での海上物資輸送を行いました。三菱商会は1875年に、日本・上海間に初めての海外定期航路を就航させました。日本郵船の名称となるのは、共同運輸と合併した1985年です。

 

バランスを欠いてはいけないので、商船三井の起こりにも触れておきます。名称が商船三井になる1999年より前は大阪商船三井船舶という何とも長ったらしい名称でした。1964年の運輸省主導の日本海運再編により、大阪商船と三井船舶の合併会社になったからですが、もともとの19世紀に生まれた大阪商船と三井船舶はかなり性格の違う会社でした。大阪商船は社名で分かるように大阪を拠点とする会社で、瀬戸内海の船主たちが93隻の船を現物出資して1884年に設立されました。内航船の会社を束ねて出来た会社でしたので、設立から暫くは日本の沿岸輸送だけの会社でした。その後徐々に、朝鮮(1890年開始)、台湾(1896年開始)、中国(1898年開始)へといわゆる近海航路まで領域を広げます。

 

合併会社・商船三井のもう一方の元の会社は三井船舶ですが、さらに昔に行けば、ここは三井物産船舶部でした。簡単に言えば、商社の船舶部門だったのです。ということで、多くの顧客荷主の貨物を運ぶというより、自社の貨物を運ぶために作られた部門であり、時間の経過とともに別会社化されたという経緯があります。明治の当時、一番の国家のエネルギー源として重宝された石炭が商社である三井物産として扱い高が多く、それを運ぶ部門だったのです。その代表的な貨物が、三井三池炭鉱の石炭です。三井物産船舶部、最初の投入船は “秀吉丸”(729総トン)で、明治111879)年に購入されました。

 

日本の海運を明治時代の初期に立ち上げて引っ張ってきた会社はこの三社以外にもありますが、現在にも残る代表的な会社ですので、三社(現時点二社)を取り上げました。現在の日本郵船と商船三井は、総合海運会社として両社とも同じような領域で事業を展開しているイメージがありますが、会社スタート時点はそれぞれがずいぶんと特徴の違う会社だったことが分かります。

 

 

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