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パナマ運河の話

スエズ運河の話を2回続けましたので、世界でもう一つの大きな運河、パナマ運河にも目を向けます。

この運河は日本の海運会社にとっては、北米の東岸、中米諸国や南米ブラジルに向かう船が利用する運河です。パナマ運河にも、スエズ運河同様にその生まれの背景やら、運河の構造についての興味深い話がありました。

 

パナマ運河は、東の大西洋側から西の太平洋までの長さが80kmほどで、スエズ運河の半分くらいの長さなのですが、スエズの砂漠だけという地形と異なり、パナマの地形はジャングルの中で標高差が大きく、別の意味での工事の難しさを伴いました。

ただ掘って進めば運河が出来るという地形ではなかったのです。この運河の船による通行を可能にしたのは、人工的に水位調整を行う方式の閘門式(こうもんしき)という構造です。どのような構造かと言うと、運河の途中に標高26mの湖水面となる人口湖(ガツン湖)を造り、水をせき止めて、閘門(水門で区切られた部分)に水を供給したり排水したりして、通行が可能となる構造です。

 

パナマ運河建設の一番初めの着工は1881年でしたが、思うようには工事が進まず、30年以上の年月を費やすこととなり、完成したのが1914年です。パナマ運河工事が始まる前の1870年代は、1869年完成のスエズ運河の有効性が世界の海運社会で徐々に認められるという頃で、大西洋と太平洋を結ぶ建設計画も持ち上がります。それを受けて、スエズ運河の建設者であるフランス人・レセップスを委員長に置く国際地理学会で、パナマ運河建造の研究・検討が行われました。その結果、当時パナマを領有していたコロンビアにより建設が許可されるに至ります。さらには、1879年、レセップスを代表とするパナマ運河会社が設立され、81年に工事が開始されました。

当初、レセップスはここパナマにおいてもスエズと同じ水平式(運河の途中で水を堰き止めることなし)で可能と考えましたが、太平洋と大西洋の水位が異なることへの対処が必要となることが分かり、途中から閘門式に切り替わります。水位が変動する原因は、潮の満ち引きです。太平洋が高くなったり、大西洋が高くなったりして流れが変わることが分かったのです。まずは、ここに大きな見込み違いがありました。さらには、熱帯雨林が工事の進捗を阻害したことやマラリア蔓延、そして建造資金を得るためにレセップスがフランス国内で富くじを発行しようとしたが売れ行きが悪かったこと、さらにはそれに絡む贈収賄事件の発生など、89年にはパナマ運河会社は破産し、工事を中断します。やがて、アメリカが工事を引継ぎ、閘門式工事に切り替えて再スタートしたのが1904年です。そこから10年を費やし19148月に開通します。

 

考えてみれば、なぜ、フランス人のレセップスがパナマ運河の建設の中心人物になる必要があったのでしょうか?もともとは外交官で土木技術者でもない人を、エジプトでは政治力を活かせたからと言えども、パナマでもレセップスを工事の中心人物に据えること自体、無理があったのかもしれません。結果として失敗でしたが、よほどの情熱ある人物だったのでしょう。余談ですが、スエズ運河が完成した1869年、レセップスは64歳でしたが、エジプトで21歳の女性と結婚しました。その後、パナマに赴き運河建設に取り組むのですが、その間も含めて12人の子供が生まれます。パナマ運河は生んで育てることは出来ませんでしたが、何とすごいバイタリティ溢れる男だったのでしょう!!

 

当時のアメリカの状況を覗いてみると、19世紀のアメリカ国内は西部開拓時代で、西へ西へと人が向かっている時代でした。1869年に大陸横断鉄道が開通しましたが、ただこれは、物流にとって余り便利とは言い難いようで、中米のパナマやニカラグア辺りに船を通すことが構想として練られていました。丁度、ゴールドラッシュ時代もそのころで、東海岸と西海岸との間でものを運ぶにはどうしたらいいのかと考えていた時代です。19世紀後半は、アメリカの方が発展の度合いも大きく、太平洋と大西洋を海でつなげる必要性がヨーロッパよりも切実だったのだと思われます。

その、物流の需要に加えて、アメリカは1898年の米西(アメリカ対スペイン)戦争のとき、フィリピン攻撃の際に南米大陸を廻り、90日間かかったことをきっかけに、軍需としての運河建設の機運が高まりました。当時まだ、パナマはコロンビア領でアメリカの建設権を認めていなかったのですが、パナマ地域のコロンビアからの独立運動を軍事支援し、190311月のパナマ共和国の強引に独立させました。独立宣言の2日後に、アメリカ政府はパナマ新政府を承認し、パナマ運河条約を承認させました。条約内容の骨子は、パナマ運河が永久にアメリカの支配下にあることと、運河主権がアメリカにあることとでした。

しかし、アメリカのこのような軍事力を背景とした覇権主義は、その後何十年もかけて国際世論の反発を受けて見直され、1977年新パナマ運河条約が成立しました。19991231日をもって、アメリカはパナマ運河地帯の主権を放棄することとなり、現在、パナマ運河はパナマ共和国の管理運用の下にあります。

 

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