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スエズ運河の話

前回のこのコラムでは、コロナウイルス感染の影響により外航船舶のスエズ運河利用が減っている背景を記述しました。

これをきっかけに、改めてスエズ運河の成り立ちに興味を持ちましたので、今日はスエズ運河の話とさせてください。

 

地中海側のポートサイドと紅海側のスエズを結ぶ直線距離は約160kmです。歴史をさかのぼると、古代文明はスエズ運河周辺のエジプトやその東にあるメソポタミアやインドで起きました。西暦の世になって、地中海に文明の中心地が移っても、エジプトは常に地理的に文明の接点として位置してきました。物資の輸送においても要衝の地であったことは間違いありません。しかし、モノの流れはシルクロードのような陸路の比重が高かったのだろうと考えられます。それでも、我々の祖先は水路で運ぶ方が大量に運べることに気づいており、この地に水路があれば便利だとは、昔から考えられていたようです。

Egypt physical map closeup picture.

 

スエズ運河が完成した1869年というと、日本は明治維新の次の年です。スエズ運河の建設が始まったのはそのおよそ10年前(1859年)ですが、日本ではそのちょっと前の1856年に、浦賀沖にペリーの黒船がやって来るという時代です。ペリー来航時の様子は、「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)、たった4杯で夜も眠れず」と、狂歌が広まり謳われたように、日本国民が驚き、慌てふためきました。日本とエジプトの発想の余りの違いに興味を持ちます。ほぼ同じ年代に、大きな船が4杯(4隻)来たくらいで大騒ぎとなる日本に対して、砂漠の中にその大きな船を通すくらいの、運河を作ってしまうエジプトでした。エジプトの人々には、一体どんなパワーと動機があったのかが不思議に思えました。

 

同じ時代を生きているのに、日本人には思いも及ばなかったであろう、大きな海と海とを繋ぎ合わそうという発想が生まれたのは、海洋文化の違いがあるのかもしれません。それに加え、海の交易の経験差もあるのでしょう。ヨーロッパでは古代ギリシャ時代の頃から、地中海を介して海の交易が盛んでしたが、目をさらにエジプトから東側に転ずれば、古代4大文明の起きたインドから紅海にかけて、ここでもまた、海を利用した交易が盛んだったのです。丁度その接点である、160km余りだけ海でつながっていないことに、何とかしたいというのが、歴史的な課題だったのかもしれません。

 

では、エジプトではなぜこのような大それたことを、やり遂げることが出来たのでしょうか?何の学問的な裏付けはありませんが、私なりに勝手に探ってみます。

 

1.大きなモノの移動に水を利用することに関し、長い経験があること。

エジプトの歴史には、ピラミッドやスフィンクスなどの巨大な構造物を製作した実績がありました。また、そのような作業に水の流れを大規模に利用することの経験が豊富だったのだと考えられます。紀元前2500年ころ、ピラミッドに使われた巨大な石を、遠く離れた石切り場からナイル川と人工の運河を利用して、運んでいたようです。パピルスの記録によると、ギザのピラミッドから200km離れたルクソールまで石を船に乗せて運び、さらにピラミッド建設現場までは人工の運河を作り運搬したことが記されているとのことです。

 

2.労力提供を厭わない?国民性

古代の巨大構築物(ピラミッド)を建造できたのには、その労力を集めて働いてもらった、或いは、働かせたということがあります。ピラミッド工事においても、運河の工事においても、尋常ではない労力(人力)が必要とされました。スエズ運河建設時は、ほぼ10年間に2万5千人から4万人が動員され、5千人ほどの命の犠牲があったと記録されます。この労働者の動員方法については、ほぼ強制的だったのだろうとの予想がつきますが、反乱などの記録がないようで、やや不思議な点が残ります。古代のピラミッド工事でも、奴隷を使っての作業だったのではという説もありますが、作業の終わったあとにビールを飲んでいたという記録もあるので、その真実(奴隷かどうか)は定かではないという説もあります。ただ、歴史の事実として、古代においても150年前においても、大きな土木事業に多くの国民や外国人が、労力を提供したことには間違いありません。

 

3.フランス人のフェルディナン・ド・レセップスの存在

19世紀の中頃エジプトは、オスマン帝国の主権の下にありましたが、欧州の列国のイギリスやフランスもエジプトの支配に絡もうという状況にありました。フランス人のレセップスは外交官でエジプトに赴任していた父親と同じく、エジプトで外交官となりましたが、副王モハメッド・アリの一家とは家族ぐるみで付き合いがありました。その頃、イギリスなど列強と覇を競い合っていた、フランスのナポレオン三世はインド航路の要となっているエジプトを征服し、スエズ運河建設しようと考えていた時期です。事業家精神旺盛なレセップスは、エジプトとフランスを結びつけるだけではなく、自ら事業の推進者となってしまうのです。工事技術の専門家であったならば躊躇するほどの難工事のはずですが、専門家でない人間だからこそ、こんな無謀にも近いプロジェクトに臨んだのかもしれません。

 

研究の深みが無く、薄い内容で恐縮ですが、スエズ運河の特徴を自分なりに想像を膨らませて眺めてみました。

今、突然頭をよぎったのが、東京~名古屋間リニアモーターカーの工事です。自然相手の大工事であること、時間短縮が目的であることがスエズ運河の工事との共通点ですが、このコロナ騒動でオンラインのビジネススタイルに比重が高まり、リニアモーターカーによる時間の短縮が可能となったとしても、その有り難みは余り大きくないのではと思い始めました。全く、脈絡のない余計な話でした。

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